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2006年9月10日 (日)

10年

間もなく50歳に突入する。振り返ることはしない人生を生きてきたのだが、10年に一度くらいは反省を込めて記憶をたどってみようと思う。1996年は駆け出しのビデオカメラマンだった。それまでのスティールカメラからビデオカメラに持ち替えた頃だ。カメラは道具である。写真を撮ることは目的ではなく手段である。自分を表現するためには静止画像かムービー映像かは問題ではなかった。動きがあり音が入る映像表現が性に合ったのだろう、一気にのめりこんでいった。この間仕事を苦にしたことは一度もなかったし、日々の失敗が明日の糧になった。ライバルたちはすでに中堅、ベテランの域に入っていた。皆親切にも中年の新人にアドバイスをくれたのがありがたかった。恥は掻き捨てた。日銭を稼ぐ仕事以外にライフワークを持っていたことが明日への希望とつながった。夢と希望を実現するために家族の理解を得ようとかは全く頭になかった。精神的、経済的に相当な負担を家族にかけていただろう。昨日を振り返る余裕はほとんどなかった。この10年間にカナダには4回、ブラジルには2回、韓国やドイツにも行った。いや行かせてもらったというのが正しいだろう。ライフワークである先住民の文化や歴史を追い、昨年はドイツのポツダムでの映画祭に作品が正式参加できた。その前の10年の鬱憤を晴らすかのように駆け足で走ってきたこの10年だった気がする。ドキュメンタリー映画はこの10年で桁違いに安い費用で制作できるようになった。小型ビデオカメラの性能は放送用カメラと遜色ないくらいに高性能となった。またコンピューター用編集ソフトが充実してきたのもこの10年だった。技術革新には感謝している。しかし、皮肉にも世の中の進歩はけっして人類の幸福につながっていないことも知った10年だった。格差社会は12年前、取材に入ったメキシコですでに顕著になっていて、先住民が反旗を翻し資本主義経済の根幹を問う現場に立ち会った。日本で「格差社会」が問われ出したのは今年になってからだが、自由貿易は格差社会をますます助長すると主張したのはメキシコのジャングルに立てこもった先住民であった。彼らの思想は現代文明の闇に迫った鬼気迫る行動であった。サパティスタ国民解放軍を名乗った彼らはすぐに国民的英雄となっていった。歴史は学ぶのもではなく、自ら参加することであることを教えてくれた。岐路に立つときには彼らの泥だらけの長靴を思い出すことにしている。それまでは過激派の代名詞だった革命家チェ・ゲバラの本が日本の書店に並び、彼の伝記映画「モーターサイクル・ダイアリー」は世界中でヒットした。10年前は考えられなかった現象だ。敵を作る事を恐れることはない。きっと見知らぬ人が強力な味方になって現れるものである。八方美人になってあちこちに気を使う人生は疲れるじゃないか。長年の沖縄への思いが現実となり、一年間、家族とともに石垣島で暮らした。次男坊は5年間島に育ててもらった。彼は来年島の高校を卒業する。次の10年はどうなるのか、我々家族はどこで何をしているのだろうか。二人の息子たちは独立し再び伴侶との旅が始まろうとしている。我々の旅はまだ半ばである。

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