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2006年9月30日 (土)

寓話 米原海岸の海亀

2006年夏、沖縄県石垣島の米原海岸。

台風が去ったあと、いつも挨拶に行くクマノミの家族は無事だったようで、「また来たな」といつものように俺を追い返しに威嚇してきた。「元気だったか」と軽く挨拶をして浜に戻り、フィンとマスクをはずし横になると眠気が差してきた。太陽は西に傾きかけうだる様な暑さが去り、風も無く昼寝にはいい時間だ。手を後ろ頭に組むと意識が遠のいていった。

30分ほどたっただろうか、どこからか俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「オイ、そこのオヤジ。またこんなところで油売ってんのか」

海亀がぶつぶつ言いながら俺のほうにズリズリと寄ってくるではないか。陽の光がまぶしい。よだれをふきながら薄目を開けて頭をあげた。ぼんやりとしか見えないがやはり海亀だ。

「オヤジとは俺のことか」

「そうだよ、他にいるか」

「人間の言葉を話す海亀はおまえが初めてだ」

「海亀をバカにすんなよ、俺の友達はみんなしゃべるぜ」

海亀のくせにその声はいやにかん高い。そのずうずうしい海亀はどんどん俺のほうに寄って来た。体を起こそうとするが身動きが出来ない。海亀は耳元まで来ると鼻を鳴らして俺の匂いを嗅ぎ出した。

「何やってる」

「敵か味方かしらべてるんだ。動くなよ」

海亀はニヤッと笑い「敵ではなさそうだ」

「最近、大和ハウスって企業がこの海岸にリゾートホテルを建てようとしてな。母ちゃんたちがおちおち卵も産めなくなってよ」

「そうか。お前たちはこんな観光地で卵産んでんのか。大変だな」

海亀はゆっくりを周りを見回しながら話を続けた。

「他人事だと思って、暢気に昼寝か。近ごろ石垣島にコバンザメっていうニックネームのやつがうろうろしててね。スパイだ。そいつかと思って様子を見に来た」

「そのコバンザメって人間は悪いやつか」

「悪いってもんじゃない。海亀の産卵場所を壊そうとする大和ハウスから金もらって、大和ハウスは素晴らしい企業です。なんて言いふらしてるふとどき者よ」

「それどっかで聞いたことのある話だな。もしかしてメガネかけた五十絡みで白髪の一見エリート風のやつじゃないか」

「そうそう、そいつよ。知ってんのか。時代遅れの妙に短い短パンはいて真っ赤なアロハシャツ着て色白で目立つからな」

「米原海岸を守ろうとか俺の友達がやってて、この前写真まで見せてくれたぜ。時々島に来てるって話だったな」

すっかり打ち解けた海亀はさらにずうずうしくも身動きのとれない俺の腹の上に乗ってきやがった。ところが不思議にも全く重さを感じない。

「亀が人間の上に乗ってるう」真っ赤に日焼けしたコギャル二人がチラッとこっちを見てげらげら笑いながら過ぎていく。海亀はさらに俺の鼻先に顔を近づけてかん高い小声で話を続けた。

「おまえの腹はクッションがいいな」

「余計なお世話だ」

「東京に住んでる鮫元って男だ。下の名前は秋人。海亀社会で指名手配中なんで見かけたらヨロシク」

「ヨロシクって、どうすりゃいいんだ」

「コバンザメが来たって教えてくれ」

「どうせ暇だからいいぜ。どうやって知らせる」

「海中で石を叩いてくれ。4回だけな」

海亀はようやく腹の上から降りて海へ首を向けた。

「でも、その鮫元って男、見つけてどうするんだ」

「海のなかに引きずり込んでやる。ホオジロザメのところに連れて行くんだ。あいつら人間が大好物だからな」

「結構過激だな、海亀の社会は。テイゲイにしとけよ」

振り向いた海亀はヘ、ヘ、へと不気味な笑いを残してゆっくりと海の中に消えていった。

いつの間にか陽は水平線の向こうに落ちようとしていた。あたりには誰もいなくなり、夕焼けがサンゴの砂を赤く染め米原海岸は静かな波音だけが支配していた。

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コメント

最高の寓話です。
傑作!面白い!
こんな才能もあったとは・・・
釣りもフィクションも好調ですね。
気が向いたら自作もお願いします。

投稿: HS | 2006年10月 2日 (月) 18時30分

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