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2006年11月 7日 (火)

テレパシー

11月に入ってやけに暖かい日が続いたがそれも今日までとなりそうで紅葉も終わった。ドキュメンタリーの新作の編集がようやく終わったが来月の上映会の準備作業が続いている。今回の作品の主人公、新城さんは舟大工である。杉材を使って一人で舟を造っている。彼の作業を見ていると、人間の能力はたいしたものだとつくづく感心する。

現代において人類の能力は発達しつつあるのか、それとも衰えつつあるのか。自分で物を作ったり、自分でものを考えたりする力は失われつつあるような気がしてならない。全て物は買うものと思っているひとが自分を含めて大半だろう。我々は思考が停止してはいないだろうか。78歳の新城さんは今の自分の仕事に満足することなく、常は新しい工夫を考えてきたと言う。こういう人が文化を育んできたのだが、彼には後継者は居ない。こうして文化は消え、文明は衰退に向かう。生活上、便利になると自分では何もしないで済んでしまう。縄文時代のほうがよっぽど人間の能力は上であっただろう。当時は六感をそなえていただろう人間はいまや五感も衰えてきた。

僕の友人であるカナダ先住民のアルビンにテレパシーをどう思うかと質問したら、彼は「今でもテレパシーは使う」と話す。内陸で住む彼らの土地で大雨が降り、川が土砂でせき止められて、冬の食料であるサケが溯上出来なくなった時テレパシーを使って海の仲間にそれを伝え、サケを送ってもらったという。今では現代式の生活をする彼らだが、リゾート開発から自分たちの伝統領土を守るために山で丸太小屋生活する40歳になる友人は、自然のなかで生活するうちに動物と会話できるようになったと言っている。我々日本人がすでに失った能力を持つ人々はまだ地球には大勢が生活している。ブラジルで狩猟生活をする友人たちも同じ能力を持っている。そんな能力に少しでも近づこうとせっせと湖に釣りに出かけ自然と対話してきたつもりだが、どんなもんだろうか。カラスとは仲良くなった。弁当を分けてやったカラスには魚の居場所を教えてくれるやつもいる。周りにいた釣り人が全然連れないのに、カラスがカアカア鳴くところで釣ってみると入れ食いになったことがある。偶然かな。

文明の目的は物質的な豊かさを追求することではなく、心の豊かさや精神(魂)を磨くことを追求することにあると最近読んだ文章に共感するこのごろである。

まだまだ修行がたらんな。

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