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2007年1月29日 (月)

便り

湿った雪が降り、新千歳空港が閉鎖になった。毎年今頃はクロスカントリースキーで汗を流すのに苫小牧は霙になりスキーがまだ出来ないでいる。冬の楽しみが減った。暖かい冬の年は夏が寒い。

昨日、嬉しいメールが届いた。5年ほど前にカナダで知り合った青年から子どもが生まれたという内容だった。カナダ人の父親と日本人の母親を持つ彼がはカナダの先住民居留地の農場で働いていていた。その時に知り合ったアルゼンチン出身でイタリア人の父親とアルゼンチンの先住民の母親を持つ女性と結婚し、男の子を授かったという。2年前には石垣島の家にしばらく居候していたことがあった。そのときは自分の生き方がまだ定まらず人生に迷っていた。5年前に最初に会ったときはさらに何を目的に生きていいのかも迷っていたようだったが、その彼が今はアルゼンチンの彼女の実家で農業をやっているという。

まだ生まれて10日。新しい命を胸に抱く父と母の写真は慈愛が溢れんばかりで、この家族の幸福を祈らずに入られなかった。

あの悩める青年が選んだのは、地に足をつけて生きる道だった。いつか再会できる日を楽しみに待ちたい。

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2007年1月13日 (土)

石垣島の未来と大和ハウス

http://plaza.rakuten.co.jp/daiwadaisuke/ 「八重山のわかれ道」 にも紹介されているが、石垣島で発行されている八重山毎日新聞に一人の若いお母さんの投稿記事が掲載された。石垣島は今ミニバブル時代といわれ開発業者の格好の餌食となっている。島の西海岸にある米原海岸で計画されている大和ハウスのリゾート開発に反対の意見を述べた文章だ。この文を読んで心が動かない人はいないだろう。

この文章を書いた比嘉晶子さんとは確か一度お会いしたことがある。一年ほど前に生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしていたお母さんだと思う。島の環境がみるみるうちに壊されていく姿に黙っていられなくなった、という。こんな話を私はいやというほど聞いてきたし、自分でも経験してきた。石垣島出身の彼女が自分の子どもを開発予定の海に一緒に浸かり、涙を浮かべたという。これほどの説得力のある文章を読んだ石垣島の人たちの良心はきっと動くはずだ。開発に対して沈黙することは認めるということと同じである。今からでも遅くはない。島の自然を破壊する大和ハウスのリゾート建設に反対し、島の自然を守ろうと思う人は署名をお願いしたい。http://www.save-yonehara.org/ で簡単に署名ができる。島の子どもたちがのびのびと暮らしてきた環境が危機に瀕している。

米原海岸をテーマにした写真展が計画されている。多くの市民の皆さんがこの写真展を見て、石垣島が大和ハウスの餌食にならないよう行動を起して欲しい。

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2007年1月10日 (水)

捻挫その後

4日に捻挫した左足首が完治した。腫れや痛みも消えた。翌日、整形外科で湿布と痛み止めの薬をもらい、とりあえずは痛みが消えたが腫れが治まらず、松葉杖を使わなければならなかった。

女房に電話すると「あんた、テルミーに行きなさい」という。彼女が資格をとるために今勉強中の療法で「テルミー温熱刺激療法」という。特別に調合された線香に火をつけて、器具を使いその熱で患部を温める方法。苫小牧にもテルミーの療術師が居た。70過ぎの元気なばあちゃんがやっている。ぼくはその資格を持つ息子さんに治療を受けた。まず膝から下をブランケットで覆い、ゆっくりと煙で燻すように少しずつ暖めていく。そのあとは線香を金属のチューブに入れ、患部に当て直接くるぶしの周りを温めていく。30分ほどで治療は終わった。

療術師いわく「今日は無理をしないで、ホッカイロで患部を温めそのあとに湿布をしなさい」治療を終わったとたんに歩けるようになったがまだ違和感が残っていた。そして、治療から4日目で痛みや腫れも治まり完治。恐るべき治療法があったもんだ。

ばあちゃんは息子さんから「大(おお)先生」と呼ばれていた。大先生から「沖縄ではテルミーは流行っているのか」と訊かれた。「病院でも使っていますよ」と応えると、息子さんは「沖縄はすすんでるねえ」という。北海道ではテルミー療法は病院ではご法度らしく、医者たちは相手にしていないらしい。西洋医学と東洋医学を沖縄ではうまく使いわけて、患者さんの評判はすこぶる良い。そのうちにこのテルミー療法は北海道でも受け入れられる時が来るだろう。医者は患者のことを一番に考えるべきだが、彼らの面目がそれを許さないのだろうか。

明日は止めの温泉に入りに行くとするか。

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2007年1月 6日 (土)

捻挫

左足首を捻挫した。雪の中を歩いていて捻ったらしいが、そのときは痛みはなかったしたいしたケガじゃないと思っていたら夜中になってズキズキとしだした。30年くらい前に右足首を薄利骨折をしたのでもしやと思い、診察を受けたが骨には異常なし。

今日は気温が上がり釣りにでも行こうと思っていたので、こういうときは家でおとなしくしておけということなんだとポジ的に考えることにしよう。

明日の後半から低気圧の接近で北海道は大荒れとなるという。明日はおとなしくして映画でも見に行こうと思う。僕の友人には体だけが資本という人が多いので、みんな気をつけようぜ。

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2007年1月 4日 (木)

年賀状

新年明けましておめでとうございます。今年の皆様のご健康と初夢が叶いますように。

年賀状を減らそうと思うのだけれど、なかなかそうはいかない。出した方が仕事がスムーズにいくし、どうしても出さないければならない人がいる。今年は40人に出した。今年届かなかった人には申し訳ないが、これも資源の節約と思ってください。その方が地球が喜ぶ。

数少ない年賀状を頂いた中でユニークだったのは、お孫さんと一緒の写真とケニヤの河イノシシと森イノシシの写真が写ったもの、石垣島からは熱帯魚で真っ赤な体に青い水玉模様の魚が口を開け、その口元に体の10倍もある触覚をもった海老が乗っている写真が面白かった。

富良野の知り合いからは「去年植えた苗、今雪の下で眠りながら時々寝言を言っています。あなたの名前を呟いたりするのもいます。雪が溶けたら逢いに来て欲しいそうです」と書いてあった。 その木を植えた場所は元はゴルフ場だった所だ。芽吹くまであと半年。その頃に若葉の苗木に「良くぞ芽を出した」と褒めてやろうと思う。森になる姿を楽しみに待とう。

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