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2007年3月25日 (日)

日本縦断の旅その二 

八重山商工高の卒業式が終わったと思ったが、翌日もセレモニーは続いた。3月2日、生徒主催の卒業祝賀式が市内のホテルで行われた。ほとんどの生徒がスーツ、ドレス姿でまるで成人式のようだった。この行事について、学校側と生徒、父母の間ですったもんだしたそうだが、生徒たちは自主的な運営を行った。コンサート、ダンス、くじ引きで大いに盛り上がり、最後の行事は大成功。心配したその夜も何事も無く過ぎていった。

そんな平和な石垣島ではあったが、一方で島全体を開発の波が襲っていた。すでに何度もこのブログでも紹介しているが、米原海岸ではあの、ダイワハウスが虎視眈々とリゾートホテル建設をねらっていた。あれやこれやの手を打ち、計画をごり押しに進めようとしている。島は今やいかに環境を保護するか、その瀬戸際に立たされている。景観を保護するような態度の裏で自然破壊をする企業に手を貸そうとする市長派、それを阻止しようとする市民が議会を巻き込んでまれに見る激しい闘いが続いている。

リゾートホテル問題のほかに、大規模宅地造成に手をつけようとしている。名蔵湾を望む丘の獅子の森で進む工事を知り、高校を卒業した生徒の間でも島の将来に危機感を持つものが多いと聞いた。第二の故郷となった島がどんどんと醜い姿に変わっていく事を知り、ジローも「胸が痛い。どうすれば島の環境が守れるのかと友人たちと話した」そうだ。

3月上旬の石垣島は北風が吹き寒い日が続いた。とても泳げるような気候ではなかった。石垣島に来て一度も泳がなかったのは今回が始めてである。

3月7日、友人宅に泊り、ダイワハウスのリゾート開発を止めるためのこれからの作戦について大いに語り盛り上がった。状況としてはダイワハウスが撤退する時期に来ているのだが、石垣市の市長がどうしてもこのホテルを建てたいらしい。選挙のときにダイワハウス側と密約があったのではという、もっぱらの噂が市民の間に広がっている。よほどの見返りがあったのだろうか。

3月8日、フェリーに乗るため午前5時過ぎに石垣港へ向かった。絶え間なく降り続く霧雨が岸壁を濡らしていた。ターミナルにはジローを見送ろうと友人たちがすでに集まっていた。

続く!

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