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2007年3月21日 (水)

日本縦断の旅その一

先月の28日から空路、石垣島に渡り、復路は北海道まで船と陸路で日本を縦断してきた。観光を兼ねた久しぶりの長旅だった。

3月1日、息子の卒業式が石垣島の八重山商工高校であり出席した。次男坊は中学一年から高校卒業するまで5年間を石垣島で過ごした。彼にとっては石垣島は第二の故郷になっていた。日本最南端の高校に通うことになった彼にとって石垣島での5年間は人生を左右する大きな大きな5年間だったようだ。

卒業式が近づく一ヶ月前から、「卒業式のことを考えると涙が出てきそうだ」と言っていた。その通りの卒業式になった。卒業生はそのほとんどが島を離れる。家族よりも過ごす時間が多かった友人たちとの別れが待っていた。文化祭や体育祭で絆を深め、さらに野球部の春夏甲子園出場には応援団として声をからし、サッカー部のキャプテンとして少ない人数をやりくりして県大会ベスト16まで進んだ。友人はもとより教師やサッカー部のコーチとも親交を深めた。

卒業式の最初から彼の目は赤かった。校長から卒業証書を受け取るとひと目を気にせずに彼は壇上で涙を流した。同級生から「ジロウ、まだ早いぞ」と声が飛んだ。彼には式の答辞を読む仕事がまだ残っていたので、今から泣いていてはどうなるのか、と心配した。その前のPTA会長、送辞を読んだ在校生も感極まって途中でこらえきれずに泣いた。息子が答辞を読み始めた。涙で時々、声が途切れた。「日本最南端の高校、八重山商工高校は日本で一番温かい高校でした」と答辞を読み終えた時は教師、卒業生、父母たちが泣いていた。もちろん私たち夫婦はいうまでもない。こんな感動的な卒業式に参加できたことを親子で喜んだ。息子にとって石垣島は奇跡の島であった。青春の限りを楽しみ、泣き、笑い、喧嘩もし、多少の悪さもやったらしい。

卒業式の後に中学校時代の高校を中退した友人までもが花束をもってお祝いに駆けつけてくれた。こんな友人たちに囲まれて過ごした息子に僕は嫉妬するほど、彼は素晴らしい5年間を過ごした。石垣島の皆さんに改めて感謝を申し上げたい。感謝してもし尽くせない。

まだまだ語りつくせぬ石垣島の卒業式であった。 続く!

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