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2007年5月28日 (月)

大和ハウスと子育て

先日、石垣島の海が懐かしいと書いたので、気をきかせてくれたのか島に住むN君がブログ「八重山の分かれ道」http://plaza.rakuten.co.jp/daiwadaisuke/に米原海岸の海の写真をたくさん載せてくれている。心が和む。あー、今すぐにでも米原の海に飛び込みたい。この美ら海を大和ハウスのリゾート開発の餌食にさせてはならない。ますます、この海の大切さを実感する今日この頃であるな。

苫小牧で起こった事件の初公判が開かれた。21歳の若い母親が幼い二人兄弟をアパートの一室に置き去りにし、ひとりを餓死させ殺人の罪に問われた事件だった。母親は16歳で結婚し、3人の男の子を産んだ。しかし、悲しいかな女の性が彼女を男に走らせた。子どもが邪魔になり、一歳の子どもを餓死させた。長男は死んでいく弟の横で生ごみを食べ生き延びた。悲惨な事件のいきさつが裁判で明かされた。

この事件、若い母親が男に走りわが子を捨てた、という一見単純なようだが、今の社会の構造を如実に語っているようでならない。事件を嘆く知り合いは、なぜ飢え死にした子どもを救えなかったのか残念でならないと話していた。殺伐とした苫小牧ではあるが、この悲惨は事件を契機に子育てを社会で支えようとする論議が活発になってきている。

母親が男を作って逃げた、なんていう話は大昔からあったことで、なにも今に始まったことではないだろう? 小学校時代にはそれらしいくラスメートもいたなあ。 ひと昔はそうなれば爺さん婆さんが親代わりになって子どもを育てた。核家族になってしまった。近所付き合いもない今の社会ではどうしたらいいのだろうか。市役所の児童相談窓口で、彼女は「そんな話はあんただけではない」と追い返されたとういう話も伝わってきている。もしもそうだとしたら、許せることではないが。役所に事件の責任を押し付けては何の解決にもならない。担当した市役所の担当部署と社会が知恵を出し合うことで次の事件を防ぐことは不可能ではないだろう。経済界では産学協同なんていう文字を新聞で時々見かけたりするが、子育てには社会の共同作業は軽視されてはいないだろうか。

団塊の世代はどう思うだろう。身を粉にして働いたのはいいが、子育てを放棄した社会のツケが回ってきてはいないのだろうか。今もこうした事件が進行しているかもな。我が家の近所でも。

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