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2007年7月24日 (火)

原発事故と環境保護運動

新潟の地震で火災を起した刈羽発電所の事故処理のお粗末過ぎる対応には開いた口が塞がらない。ようやく昨日になってIAEAの査察を受け入れることにしたそうな。原子力保安院とははんこを押すだけが仕事だと思っているバカタレドモの集団であるな。

最近の気になったニュースで、有名ブランドの買い物袋を行列を作って買ったこれもバカタレドモが居たそうな。あー、情けない。

環境保護運動に一役買った人たちなのであろうか。否、買い物袋を買う人たちのなかの何人が原発を拒否しているのだろうか。おそらくゼロに近い数字が出るであろうな。

まったく付き合ってはおられんよ。

そろそろ、本気で原発におさらばしなければとんでもないことになるぞ。

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2007年7月22日 (日)

映画「善き人のためのソナタ」

8月に行くドイツのポツダム。ここは1989年まで徹底した監視国家、東ドイツであった。その国の若い監督が綴った映画を昨日見てきた。

ベルリンの壁が崩壊する5年前からストーリーは始まる。劇作家と女優のカップルを国家保安省シュタージュ局員の男が盗聴器を通して監視を始める。盗聴により聞こえる男女の愛、文学、音楽に影響された男が人間性を取り戻していく。

監督のドナースマルクは若干33歳であるが、彼はタブー視されてきたドイツの歴史を見事なまでの重厚な作品に仕上げた。2007年度のアカデミー賞外国語作品賞を受賞するにふさわしく、これまでに見た映画の中では最高の作品であった。

フィクションではあるが、1984年ベルリンの壁の中で起こった真実が描かれたみごとな作品に出会う機会に恵まれた。

ポツダムの映画祭参加するにあたりこの歴史的視点を忘れずに携えて行こうと思う。

苫小牧の小さな映画館シネマトーラスでは今日の午前9時30分から最終上映が行われる。もう一度見ようと思う。

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2007年7月16日 (月)

ミートホープ騒動

いやはや、ミートホープの田中稔社長にはお礼の言葉もない。彼の大放言のおかげで、この数週間は仕事の依頼が殺到して、釣りに行く暇もなかった。

始まりは、朝日新聞に内部告発情報が寄せられその記事が載った6月20日。「一面に大きく載っているので、ミートホープ社の社屋を撮影して欲しい」と仕事の依頼があった。現場に到着すると、すでに新聞社、テレビ局が殺到しており、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

当事者の社長は、「あんなことは皆やってることで俺だけが悪いことじゃあない」と、カメラマンたちを押しのけて、ガムをかみながら事務所に入っていった。

その様子を撮影しながら、僕は心の中で叫んだ。「これだ!このキャラだ!」「この人物は最高の悪役になるぞ」と予感というよりも、そう確信した。

後は皆さんのご存知のとおり、観光客が訪れるまでに全国に知れ渡るミートホープ社となったわけだ。

この取材にはさまざまな裏話があったが、なかでも特におもしろかったことがあるのでここで、ご披露したい。

解雇された社員たちが労働組合を組織した。その社員がミート社の説明会に出席するので、車を降りて会社に向かおうとする途中で、彼らのインタビューを取ろうと一人一人に記者やカメラマンが殺到する。

「会社には何を要求しますか?」とか「社長に言いたいことは?」とかを連発する。この異常な状態に社員たちは恐れおののき、怒り、顔を隠して「撮らないでください。止めてください」と取材を拒否した。

彼らは社会的には加害者であるが、一方ではミートホープ社に突然解雇され、職を失った被害者でもある。板ばさみ状態のなかで彼らは混乱していた。

そんな彼らのインタビューを撮ろうと一部の新聞やテレビは自宅に夜、押しかけては玄関のインターホンのボタンを押す。それも、何回も押す。

質問攻めに逢った社員が「いい加減にしてください。自宅にまで押しかけてしつこくインターホンのボタンを押すのは止めて下さい」と記者たちの行き過ぎた取材方法に抗議した。

その時、NHKの記者は「NHKはそんなことはしませんよ」と強調した。で、女性の社員かアルバイトのひとりが「じゃあ言いますが、NHKです」と一言。その場に居たメディアの連中は笑いをこらえるのに必死だった。

とにかく取材合戦に3週間も缶詰になったわけだ。ミート社は破産するのは時間の問題で、今はミート社の関係者らが逮捕されるまではしばらく釣りができそうだ。大方の予想では、逮捕は一ヶ月以上先になりそうだという。

あの、黒い牛は今日も苫小牧の町を見下ろすように立ったままだ。

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