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2007年8月28日 (火)

映画祭とジャズコンサートⅡ

先日、苫小牧にあるライブハウス「アミダ」でスウェーデンからジャズトリオがやってきた。ベース 森泰人、ピアノ トミー・コッテル、ドラムス ダービッド・スタンドビー の3人。 年に何回も苫小牧にやってくる森さんがいつも違うメンバーを連れて来る。このライブコンサートが素晴らしい演奏だった。静かにかつ自由に演奏をリードする森さんのベース、乗りのいい4ビートのリズムと美しいメロディーを伸びやかに表現するトミーのピアノ、自由かつ奔放にドラムを操るダービッドたちの制限の無い表現が聴衆の心を解き放った見事な演奏に、その夜は酔いしれた。 森さん率いるスカンジナビアコネクションはいつも期待を裏切らない。 また行こう。

ドイツのポツダムでは一泊69ユーロ(二人)のペンションに連れ合いと泊った。25年ぶりの夫婦での海外旅行だった。そこは映画祭関係者が何人か宿泊しており、スイス人でメキシコ在住のリリーさんもそのひとり。彼女はメキシコ先住民の生活をテーマにした[Body,Home,Mother Earth]を制作した。環境問題がテーマだった。最後の夜にイタリアンレストランで夕食を共にした。「私たちは作品作りを越えて 環境をテーマにプロジェクトをつくろうよ。」と提案した。そう、何かを始めなければ手遅れになると僕も思う。もう手遅れかもしれないが、何か行動を起さなければならない状況に有ることは間違いない。そんな時代に我々は突入している。今回は通訳として友人のD・Dさんが札幌から同行してくれたので、突っ込んだ論議を交わすことができた。彼女は「波の記憶」の英語字幕を担当してくれたし、さまざまな社会問題に関心を持つ人で、今回の旅では彼女自身も大いに刺激になったと話していたのが嬉しい。ノルウエーとナイジェリアの社会を比較した作品を制作したスペイン人のムニョスとはもっと話がしたかった。DVDを交換したのでそのうち彼の作品は僕の手元に届くことになっている。

映画祭のスタッフでポツダム在住の日本人りえさんには特にお世話になった。空港まで出迎えてくれたり、バスと電車のチケットまで用意してくれた。そのチケットのおかげで、毎日ポツダムの町の名所旧跡を歩き回った。特に印象に残っているのがブランデンブルグ通りの突き当たりにある古い教会(1730年代の建築物)の中に入ったときのことだった。女房は教会内の天井正面のフレスコ画をじっと見ていた。その時彼女は「ここでいつも私は救われていた」という感情がこみ上げて涙を流していた。その場は何とかこみ上げてくる感情を抑えられたそうだが、「だからポツダムに来たのだ」と思ったそうだ。不思議な体験だったそうだ。2年前は同じポツダムの宮殿の庭で僕はデジャブーを体験したことがあった。なんとも不思議な縁だな、このポツダムという町は。

第2次世界大戦の戦後処理を決めたポツダム会議の行われたホテルに行ったが、アメリカのトルーマン元大統領がこの部屋で原爆投下を決めたという場所にいって来た。彼はソ連のスターリン首相に会い、共産主義の南下を防ぐ目的で日本に原爆を投下したのだろう。すでに日本の敗戦は決定的だったにもかかわらずだ。今行われているイラク戦争もブッシュ大統領はイラクを日本のようにアメリカの傘下に組み入れられると楽観していたようだが、彼の浅知恵ではイスラムは容易には屈しないだろう。歴史は日本の敗戦から、朝鮮戦争、ベトナム戦争、そしてイラク戦争へと繋がっている。アメリカはいつになったら戦争をやめられるのだろうか。

今やアメリカは世界で一番アブナイ国となってしまった。そんなアメリカの尻にくっついている日本が情けない。

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2007年8月24日 (金)

映画祭とジャズコンサート

ドイツから帰ってきて3日、ようやく時差ぼけから立ち直りつつ日記を書いている。

グロービアンズ映画祭はドキュメンタリーを集めた映画祭で、今回で3回目、歴史は浅いが世界中から集まった70本を9日間にわたって上映した。したがって一日6本くらいやったわけで、14日は到着後、時差ぼけ(英語ではジェットラグという)のまま夕方に会場入りして、3本の映画を見た。案の定、途中で意識を失ってしまいその状態が3日くらい続いた。

どの作品も力作ぞろいで圧倒された。なかでもエイズを取り上げたドキュメンタリーは特に印象に残った。エイズはヨーロッパの製薬会社が作ったポリオワクチンを投与したアフリカのある地方に集中しており、ポリオワクチンで使ったチンパンジーの腎臓にエイズウイルスが混ざっていた可能性が強いらしい。製薬会社はチンパンジーの腎臓を使用したことを否定するが、当時の関係者の証言で明らかにチンパンジーを使っていたことが判明した。カナダのテレビチームが制作したもので、企業倫理、政治倫理が問われた作品だった。ドキュメンタリーが持つ社会性を発揮した優れた作品だった。世の中の不正を暴く作品に強く引かれた。ドキュメンタリーはこうでなくてはならない見本のような作品を作ったチームワークを賞賛したい。僕のような単独取材での限界をみせつけられたのが悔しい。いずれはこんな作品作りを目指したいものだ。

唯一つ僕にとって残念な作品を一つ見た。アフガニスタンのマスード将軍の暗殺についてのドキュメンタリーであった。このマスード将軍とはご存知の方もいるだろうがアフガニスタンがソ連の侵略を受けたころからの英雄的存在で9.11のニューヨーク貿易センタービル爆破事件の直前に暗殺された北部同盟という武装集団のボスである。映画では民主主義を目指した指導者として描かれていた。写真家の長倉洋海さんが彼をヒーローにした写真集を出版している。彼が率いてきた北部同盟はアフガニスタン国内では非常に評判の悪い集団で、レイプ、強奪を繰り返してきた集団だと聞いていた。長年、アフガンで医師としてボランティア活動を行っている中村哲さんによれば、北部同盟がくるくらいならタリバンのほうがよっぽどましだというくらいの集団らしい。現政権に近い集団でアメリカよりだった。今のアフガンでアメリカ軍の援助を受けているとすればイスラム社会の敵である。いかに民主主義をとなえてもレイプ集団ではどうしようもない。こういってはナンだが、彼の暗殺を悲しむ人はアフガンにどれくらいいただろうか、と言う疑問が残る。僕は実際に現地で聞いたわけでもないので、この件に関する確たる情報をお持ちの方の反応を待ちたい。一緒に映画を見たアメリカ人女性はマスードをかっこいい兵士だと思ったというので、この映画はアフガンの現実とは違ったかなり偏ったプロパガンダ映画のようだと話した。いかにドキュメンタリーの虚像と実像を見分ける知識が必要であるかを痛感したわけだ。

まだまだ語りつくせないが、アメリカの大學で写真学科の教授から僕の「波の記憶」に関して指摘を受けたことは非常に大きな収穫だった。僕は素直に、「編集作業が嫌いでね」というと「分かるよ」といい編集の甘さを批評した。「波の記憶」をもう一度見直してみよう。「そうすれば、あんたの作品はグランプリを取れる内容だよ」とお世辞でも嬉しい感想をもらった。これだけでも自腹をきって参加した甲斐があったというもんだ。

本当に有意義な旅立だったので書きつくせない。次回に続きを書きたい。今日、書く予定だったスカンジナビアジャズコネクションのジャズライブの話は明日でも書こうと思う。

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2007年8月13日 (月)

残暑お見舞い申し上げます

今日は苫小牧も暑い日となって30度は越えなかったようだけども、石垣島の夏を思い出して昼間からビールを飲んだ。

石垣島の珊瑚の白化現象は収まったのだろうか、このところ海が荒れて海水の表面温度が下がったようで珊瑚には恵みの嵐だったようだ。

明日からはポツダムの映画祭に参加する為にしばらく日本を離れる。

残暑お見舞い申し上げます。二〇〇七年八月十三日

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2007年8月 5日 (日)

寄せクジラ

先日、苫小牧の海岸にクジラが打ち上げられた。12メートルのコククジラというヒゲクジラの仲間だそうだ。その日のニュースはクジラの肉は食べないようにしてくださいと保健所のお達しを伝えていた。

今日、アイヌ民族博物館に舟つくりの撮影に行った際に友人の野本さんから聞いた話。

「明治政府は北海道を植民地し、漁業権をもアイヌから奪い鮭はもちろんクジラも獲れなくした。昔は岸に打ち上げられたクジラは海からのいただき物として、その肉は皆で分けて食べていた。人間だけではなく、カラスの分も残していた。クジラは大変なご馳走でついつい食べ過ぎて、お腹を下す人がいたそうで食中毒と間違えた北海道の保健所はこの寄せクジラの肉は食べ無いようにと早々には発表したのではないか」

そろそろ鮭を獲る準備を始める時期になった。ひと月後には北海道の河川にまた鮭が上って来る。

最近、企業や行政の不正がテレビや新聞を賑わすことが増えた。間違いは間違いと認めて改めるという当たり前のことが、今の日本社会では出来ないでいる。少数、先住民族アイヌから生活する権利を奪ったまま、鮭を食べている我々の生活は間違っているだろう?ミートホープ社の田中社長もあきれることをやってきたんでないかい?我々は。

2006年6月30日に閉幕した第1回国連人権理事会で先住民の権利に関する国連宣言案が承認されるなど、先進国を中心に国際社会では先住民の集団的権利を認めていこうとする動きが強まってきている。日本の政治状況は悲惨なほどみすぼらしく、年金問題を解決するのがやっとっで、今の安倍政権には先住民はまったく視野に入ってないことは見ての通りである。

間違いを認め、お互いの歴史を認識しつつ未来について前向きに話し合う姿勢。こんな当たり前の社会が来るのはいつのことか。

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2007年8月 4日 (土)

選挙後

石垣島からサンゴが白化しているという情報が流れてきている。海水面の温度が31度以上もあり、シュノーケルをやっていたら湯上りでのぼせたような症状になったというから、デージ(大事)である。海水温度が一度上がると、魚が感じる体感温度は人間が感じる10度に値する、とテレビでおなじみの”サカナクン”が洞爺湖で話していたのを思い出した。サカナクンは見た目は気持ち悪いようだけれどなかなか魚類と環境については学があった。台風が来て海水をかき回してくれたら温度が下がり、サンゴの白化現象も解消するらしい。このままだと魚ともども死滅する恐れがあるという。

アンチ自民としては、なかなか楽しい選挙結果であった。赤城農相は選挙後に辞めるし、安倍首相は辞めないし、チンチンバラバラな対応がまた面白い。自民党は解党まで行くかどうか。安倍首相は自分の鈍感力を試しているふしがあるので次の選挙がまた楽しみである。

しかし、今回の選挙は改憲問題が争点にはならなかった。民主党のなかにも憲法改正論者が多数いるので、憲法が争点になったときは自民、民主はもう一度割れて、政党再編が行われるのだろう。共産党の志井委員長は政治の流れが変わったと言った。この流れが本流となるのかどうか、熊本のお殿様も末裔だった、あの人の名前なんと言ったか、日本新党を率いた彼が突然、が政権を放棄したときのことを考えるそんなに楽観もできない。

何より今度の選挙、一番の成果は川田龍平クンが当選したことだと思っている。無所属でがんばるという。薬害エイズ問題に体をはって取り組んだ日本人の誇れる一番の政治家に成長すると思っている。彼を見ているといかに存在価値のない政治家が多いかよく分かる。

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