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2008年3月 5日 (水)

カナダ先住民居留地撮影旅行その三

カナダから帰ってから捨て犬の様子を見に山に行ってきた。大雪のあと1メートルの積雪で犬の足跡さえ見ることはできなかった。

苫小牧に「アミダ様」というライブハウスがあり、友人であるオーナー、ツルさんのバンド「アミズム」のアコースティックに変身したバンド「ゴミズムアミダ様」が大阪のコンサートに出演することになった。「春一番」という名のコンサートで坂田明や山下洋介などが参加するジャズやブルースの豪華メンバーが出演するライブである。それで5人のメンバーの旅費を捻出することになった。ツルさんは「ギャラより高い、交通費」なんてのん気な歌を歌っていた。、メンバーの旅費を稼ぐ手段として2月に「アミダ様」で収録したものをDVDにして売り出すことになった。税込みで1200円はDVDとしては安いぞ。3月29日の「アミダ様」31周年記念の日に発売開始。只今、予約受付中! そんなこんなで5月の連休中、大阪開催のコンサートに同行することになった。

Lilwat2008_025さて、カナダ先住民居留地の旅である。

ヒュービーの兄の葬儀に参加し、再び公会堂での食事にありついたアルビンと私はいよいよ標高1000メートルの山小屋を目指すことになった。葬儀のため山を降りていた山小屋の主ヒュービーをのせてアルビンのピックアップトラックはぐんぐんを坂道を上がっていった。すでに陽は西に落ちた。一時間の後、目的の山小屋近くに車を止めた。小屋にはヒュービーのほかにもう一人若いスタッフがいて、ソリをもって迎えに来てくれた。そして、犬も出迎えてくれた。かなり大きな犬で狼の血が半分、コリー犬の血が半分入っているという。立つと人間ほどの大きさで新客を遠巻きに吼えながら歓迎してくれているようだった。 Lilwat2008_007

この小屋は8年前に建てられた。これには理由がある。2000年にこの山一帯に巨大なスキーリゾート開発の計画が持ち上がった。また。ここでもリゾート計画である。金銭欲に取り付かれた人間は際限なく利益を追求するようになる。この土地は地元先住民の伝統的な領土である。カナダ憲法は先住民の伝統的権利を認めているにもかかわらず、開発業者は土足で踏み込んでくる。この開発から山を守る為、先住民らのてによって山小屋が建てられた。それ以来、ヒュービーはずっとこの小屋に住んでる。この辺り一帯は「冬の魂」と呼ばれ、人々が集い、精神修養の場として知られ、春から秋にかけてはさまざまな食料を人々にもたらしてくれる重要な場所となっている。

私はバンクーバーで仕入れた食料を越冬中の二人に差し入れた。時々、この小屋を訪れる人たちが食料を寄付するのだという。ヒュービーたちが夏のあいだ育てた保存用の食料のほか、こうした支援者らの寄付によってこの「冬の魂」と呼ばれる山小屋は運営されている。

薪ストーブがの上にのったやかんから湯気がのぼっており、小屋の中はかなり暖かい。外気温はマイナス10度を下回っているはずだ。真冬の最低気温はマイナス25度くらいだという。

私は山の神に挨拶をする為、日本から持ってきたお神酒を小屋の前に撒き、無事たどり着いたことを感謝した。ところが、そのお神酒を小屋の中に持って入るとヒュービーの顔色が変わった。「ここではアルコールは禁止してるんだ」と言う。私は酒を持ち込んだ言い訳をして、納得してもらった。先住民はアルコール中毒患者が異常に多い。職も無く、酒を飲んで一日を過ごし、そして早死にしていく。残りの酒はアルビンに持って帰ってもらうことにした。

コーヒーを飲みながら、4人でストーブを囲んだ。今年で51歳になるアルビンはこれまでに7人の子供を授かった。そのうちの一人は6ヶ月で死んだと言う。村にある医者が赤ん坊に与えてはならない薬を処方したからだ。子どもの様子がおかしいのでバンクーバーの医者にみせると、その薬を見た中国人の医者がすぐに村医者に電話し、なぜこんな薬を飲ませたのかと問い詰めた。すでに薬の副作用で赤ん坊は手遅れで、幼い娘は間もなく息を引き取ったという。いつもは冗談ばかりいうアルビンの涙をこの時、初めて見た。

自宅へ戻るアルビンを見送った。満天の星が谷間の空に輝いていた。ギュッ、ギュッという雪を踏む音を鳴らしながら小屋へ戻り、寝袋にもぐりこんだ。時差ぼけでなかなか寝つけない夜だった。

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