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2008年7月24日 (木)

大嶺裕太の初勝利

裕太、おめでとう!

中学校、高校と次男坊と学校が同じでよく一緒に通っていたあの大嶺裕太がプロに入って始めての勝利を手にした。本当に嬉しい。よくやった。

八重山商工は家のすぐそばにあり、夕方になるとグランド脇には大勢の人たちが練習を見に行っていた。部室はなく、選手たちはグランドで着替えをしていた。しかし、ネットには全国制覇とかかれた大断幕が張られていた。

そんな雑草が北海道の札幌ドームで大輪の花を咲かせた。相手投手は日ハムのダルビッシュ。日本を代表する投手と投げ合っての勝利は初勝利に花を添えた。

6回を2点に押さえ、次の投手にボールを渡したが、1死満塁の危機をベテランの小宮山投手が救った。一打同点の場面でも外野の超好守が大嶺を救った。

天は大嶺の勝利を見放さなかった。チーム全体が大嶺に贈った危機一髪の勝利が良かった。

まだ20歳になったばかりの童顔は、はにかんでいた。監督のバレンタインのほうが顔をくしゃくしゃにして、大嶺の勝利を喜んでいた。

この若者を育てた島に居る祖父さんや祖母さん、八重山商工高校野球部の伊志嶺監督などはその喜びはもっと大きいだろう。

石垣島は今夜はあちこちで、島人は祝杯をあげて盛り上がっているのだろう。

今日は、これから泡盛で一杯やろうと思う。

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2008年7月14日 (月)

カナダ先住民出身の少年

先月からカナダのリルワット(ブリティッシュ・コロンビア州内)というところから来ている先住民族の少年、アティラが我が家に居候している。

彼の住むリルワットはバンクーバーから内陸に200キロほど入った山、川、湖がある自然豊かなところ。今年2月にドキュメンタリー製作にお邪魔したところで、彼の父親とは親友である。

彼にとってウフムック語が母国語になっているが、今は英語を日常会話として使っている。彼自身は母国語を理解できない世代である。

カナダでは1998年を最後に、寄宿学校があった。そこでは先住民族の言葉が禁止されていた。彼の祖父や祖母は両方の言葉を話す。最近は小学校で母国語が学習プログラムに取り入れられている。

彼が北海道に来たのは、6月の28日。空港に迎えに行ったのだが、髪型が以前会ったときと違っていて気が付かず、危うくすれ違うところだった。

以前、書いた「ピリカ・ケウトゥム・アプカシ」という樺太アイヌの強制移住のルートを一月かけて歩いたピースウォークの運動の最後のイベントが開かれた日に合わすように、彼は北海道に来た。

イベントではアイヌの若者たちの音楽を楽しみ、引き続き翌日から「先住民族サミット2008」へ合流。

この会議には特別に出席を許され、彼の故郷で計画されているリゾート開発問題について発言した。

日本のリゾート開発企業「NIPPON CABLE」ニッポンケーブル(本社、東京)は、カナダのプロスキーヤーで元ゴールドメダリストのナンシー・グリーンとその夫アル・レインが経営する会社などと企み、すでに巨大なサンピークス・リゾート(B・C州カムループス市)を経営している。その規模は長野県の志賀スキー場全体の3倍にあたる。

その企業がリルワットの山岳地帯に目をつけた。それを知った村は大騒ぎになった。8年前から計画予定地の入り口に小屋を建て、一人の男が住み始めた。あるときは開発側がよこした暗殺者からライフル銃を付き突きつけられ、引き金が引かれた。しかし、その銃から弾丸は発射できなかった。そのほかにも嫌がらせは続き、小屋の玄関には散弾銃の跡が今も残っている。

こうしてカナダの環境破壊はB・C州政府の容認のもと進められている。

2010年に、アティラ君の住むリルワットにあるウィスラースキー場などで冬季オリンピックが開催が決まっている。

彼は先住民族サミットの会議で故郷の現状を発表した。

出席者からの質問 「それはオリンピックのための計画か?」

アティラ 「オリンピックとは関係ない。ただ金儲けのためだ」

出席者は失笑。

どこも同じ経験を持つ先住民が多い。経済発展がもたらした環境破壊計画はいまや歯止めが利かない。

G8サミットは案の定、何の解決策も見出せなかった。

我々、先進諸国は自国のエゴを丸出しにして途上国の資源を貪ってきた。

もう終わりにしよう。

「経済成長」という宗教から抜け出そうか。

そう考えるとずいぶん気が楽になる。

他国を侵略しないですむし、戦争もなくなり、公害で空気も水も汚染されることもなくなるだろう。教育方法も変わる。企業人の養成学校的なシステムを根本から変える。そうするとむやみに人を殺すモンスターが生まれることもなくなるだろう。

先進諸国は、これまでに溜め込んだ資金と技術を途上国の庶民の幸福のために、惜しみなく使おうではないか。この活動はすでに多くのNGOが始めている。世界の首脳たちがそれについていけるかどうかがこれからの人類の幸福にかかっている。

これからは「経済縮小」の時代だな。

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2008年7月 8日 (火)

G8 サミット

語るに値なし。馴れ合いのポーカーゲーム。税金の無駄使い。

30年間以上もサミットを開催して、世界の首脳と呼ばれる人間が地球に何をしてくれたのか。

戦争。貧困。環境破壊。

何一つ解決できない。

G8無能会議。

完全無視する。

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2008年7月 4日 (金)

出た釘を打つ人たちへ

我が家にカナダ先住民の若者が来ている。8月半ばまで居ることになった。親友の息子。

その彼は毎日のようにアイヌ、日本の若者たちと交流している。6月28日と29日は稚内から江別まで400キロを歩きぬいた若者たちと親交を深めた。カナダの少年は実に素直できれいな心を持ったやつでみんなから声をかけられ、すっかり北海道が気に入ったようだ。

400キロを歩いたのは「ピリカ・ケウトゥム・アプカシ」きれいなこころで歩くというアイヌ語の名前のグループで、ひとりのアイヌの女性を中心にした多民族のグループ。100年以上も前のことだが、カラフトアイヌの人々が故郷を追われ強制移住により江別の対雁でコレラなどの伝染病にかかり、その多くが故郷に帰ることなく死んでいった。その御霊に祈りをささげながら若者たちは400キロを歩き通した。

彼らの旅の記録を作るために撮影した。多くの人が支援してくれ無事にゴールにたどり着いた。祈りに満ちた静かなゴールであった。特にカラフトアイヌ出身の人たちが精神的な支援をしたことが彼らの旅を成功に導いた大きな要因となった。若者たちにとって何よりも心の支えになり、メンバーは目に涙を浮かべ喜んだ。

ただ残念なことがあった。それは、かれらの行動をよく思わない大人たちが、少数だがいたことだった。若者たちは新しい思想で、我々大人から見て思いも付かない行動に出た。民族の枠を取り払った若者だからこそ遂行できたのだが、固定観念にとらわれた大人は煙たがり、まゆをひそめ陰口をたたいた。ある人は無視をした。今、日本にはびこるいじめの体質と同じように。日ごろは民族差別と闘っている人たちであるにもかかわらずだ。人間はあなたたちが考えているよりもと自由ないきものであっていいはずだ。そんなに硬い枠の中に若者たちをはめ込むのはやめよう。というより、大人が若者たちとの間に自ら壁を作ってどうする。それこそ大人気ない。

先住民は実に若者を育てるのがうまい。差別、貧困、圧政またドラッグ、アルコール中毒自殺など厳しい現実と闘いながら子育てをする苦労は我々の想像をはるかに超える。

今、ここに居るカナダ先住民の若者の名前は彼らの言葉で「話がうまいひと」という意味。そのとおりで、大勢の前で緊張しながらも自分の故郷の話をしてみんなのアイドル的存在になった。彼はたまに年齢をごまかす。少しでも大人として扱ってもらいたいのか、17歳が時々19歳になったりするのが横で見ていて笑える。特に20歳前後の女の子の前でね。

今日は彼と数年後に地球に起こる出来事について話した。昨年、アメリカのサウスダコタに行ったときに聞いたという。知ってる人は知ってるし、知らない人はまったく知らない話。最近、映画にもなった2012年に何が起こるかだ。この話はまた今度。

ここで、お知らせ。明後日の7月5日、小生のドキュメンタリーが上映される。昼の12:00から札幌のフリースペースATTIC(元のシアターキノ)南3条西6丁目長栄ビル4階で。先住民族環境映画祭の最後のプログラムで、上映のあとにトークもやれということになった。ヒマをもてあましている人はどうぞ。

上映作品は「WAIA 棒とひょうたんの記憶」 83分、英語字幕つきなのでそっち関係のひとも誘ってみてください。

もっと早く宣伝しとくんだった。

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