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2008年8月13日 (水)

カナダ先住民の少年

ホームステイした少年が我が家を去った。

少年の名はアティラ。17歳の高校生だが、大人に見られたくて時々20歳と言っていたのが懐かしい。

先住民族サミットに飛び入り参加し、自分の故郷で計画されているリゾート開発計画を会議で発表した。

その様子はテレビニュースで取り上げられ、そのコピーをカナダに送ると村中が大騒ぎになったそうだ。

また、製作中の映画「ミスタームーンライト」に飛び入り出演した、その映画に競演した女の子とも恋仲になった。

父親と僕とは親友で、カナダに行った2月のドキュメンタリー映画の取材ではコーディネーターを務めてくれ、たいへんお世話になったこともあり、彼が無事に一ヶ月半を有意義に過ごす事ができたのが嬉しい。

アティラは子供のころ母親がアルコール中毒になり、両親は離婚、その後は親類のおばさんに育てられた。物心が付いたころ彼は両親をうらんだと言う。無理もない話しだ。

そんな、複雑な家庭環境に育ったこともあってか、湖に連れて行った時にひとりで物思いにふけることがあった。 我が家では僕は父親として接し、女房は母親として接した。時には叱る事もあった。

家に来てからすぐに、プレステ2を買ったり、かなり金使いが荒いな、思っていると小遣いを使い果たした。かなりのゲームマニアで、将来は日本でゲームソフトを作る仕事に就きたいと言った。

初めのうちは、日本語教えていたが、そのうちにあくびをするようになり、やる気のなさにこっちもあきらめた。ゲームには熱中するがその他のことには集中力が欠ける。ゲーム少年特有の症状だろうか。

無理やり連れ出して、仕事の手伝いをさせて、小遣いをやったりしたが、すぐに使い果たす。「Save your money !」と時々叱った。両親の愛を知らずに育った彼は物にこだわり、寂しさを紛らわせていたように見えた。

彼のほうから積極的に話しかけたり、質問することは少なかったが、こちらからの問いかけには笑顔で反応しよくしゃべった。北海道で一番の思い出は、人との会話だったそうだ。カナダとはまったく違う文化、習慣に戸惑い、カルチャーショックを受けたようだった。

初めのうちは味噌汁を音を立てずに飲んでいたが、最近はズルズルと音をたてソーメンや冷やし中華をおいしそうに食べていた。日本食はたこ焼き以外はなんでも食べた。くるくる寿司が気に入り、一時間も歩いて一人で食べに行ったこともあった。

彼の映画の台詞は「毎度様でーす」と「ありがとう」それから、居酒屋のアルバイトの女の子とのキスシーンが嬉しかったようだ。ストーリーが分からないので「なんだか分からないけどとっても楽しかった」そうで、完成したらDVDを是非とも送ってくれ、と懇願していた。

そりゃ、そうだろう。恋仲になった女の子とキスシーンをストーリーに入れてもらったのだからね。

登別温泉で買った木刀も持って帰った。浴衣一式も土産に持たせた。バンクーバーの空路、飛行機の中では浴衣と下駄を履くといって言った。

それにしてもモテル男だったな。来年の冬にまた来るそうだ。少しは成長してろよ少年!

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