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2008年11月10日 (月)

筑紫さんは死ぬときを選んだ

筑紫哲也さんが他界した。戦争という絶対的な悪に対して、常に警告を発してきた人生だったと感じている。

筑紫さんとは直接お会いしたことはないが、彼が編集委員をしていた雑誌に何度か投稿したことがあった。最初のは1994年のメキシコの先住民の武装蜂起を取材したルポだった。それが今も先住民をテーマにした仕事を続けられる支えとなっている。

人は死のときを選ぶという。筑紫さんもそのときを待っていたに違いない。

田母神航空幕僚長の日中戦争、太平洋戦争の旧日本軍の行動を公然と肯定、擁護する論文が明るみになった。ドイツで言えば、ナチスを賛美する軍人がそのトップにいたと考えるとことの重大さがわかるだろう。いつまでたっても日本がアジアに誤り続けるのは時々亡霊のようにこんな人物が現れるからだ。いいかげんにしろ。いつまでペコペコすればいいのかね、我々日本人は。あの戦争を肯定して、先に進む話も進まんだろうが。

自衛隊が今も戦争を肯定し、政府がそれを知ってか知らずか放置していたとなると、その責任はあまりにも大きい。シビリアンコントロールという装置が機能していない。自衛隊は暴走する下地を固めていると考えると恐ろしい。武器を持つとそれを使いたがるのが人間の闘争本能であるが、それをコントロールできない政府はもう終わっている。

筑紫さんは死の直前にこのニュースを知っていただろう。そして、自衛隊トップの過激な思想に自分の死をもって抗議したのではないか。テレビを棺おけまで持っていったのかもしれない。考えすぎかも知れないが、筑紫さんであればそうしたに違いない。

でも筑紫さんはかっこよすぎたな。個人的には、元朝日新聞記者で敗戦後、戦争推進報道した朝日新聞を退社し秋田で反戦、教育などで活動する むのたけじ さんのほうが尊敬できるが。

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