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2009年1月 4日 (日)

元ウタリ協会理事長、野村義一さんの逝去を悼んで

北海道ウタリ協会の理事長を32年間務めた野村義一さんが亡くなった。

1960年から32年間、北海道の先住民族であるアイヌ民族の最大の組織の長として活躍された方だ。

その間、日本は高度経済成長時代の最中で歴史上最大の発展を遂げた。しかし、アイヌ民族はその歴史のうらで激しい差別の時代を耐え抜いてきた。いや、日本は、差別というよりも民族根絶=エスノサイドの歴史の恥部を隠したまま、経済成長という宗教にとり付かれたかのような異常な時代を突き進んできた。

野村さんは国連の演説の中で、アイヌは日本にとって存在してはならない民族であった、と語っている。中曽根元首相を代表する政治家たちの発言にみる、天皇を中心とする日本単一民族思想がそういわせている。そもそも日本人は混血による混血で成り立っているのはDNAが証明しているのだが。日本のリーダーの無視と無知がそんな発言を生んでいった。教育が、マスメディアが、政治がこの歴史観を日本人に植えつけていったのだろう。

野村さんは1992年に国連本部で歴史的な演説を行った。アイヌ民族の持つ自然観に基づくしなやかな思想を世界にアピールした。「アイヌはこの大地をウレシパモシリ =万物がお互いに育て合う大地と呼ぶ」と語った。

現人類がアフリカで誕生して以来10万年以上もかけ、試行錯誤をくりかえし、ようやくたどり着いた最も崇高な思想だと思っている。これを否定する文明は存在できないと言ってもよい。

そしてアメリカ中心の世界経済が崩壊の危機を迎えている。

この現状を世界の先住民はどう思っているのだろうか。

西部開拓時代のアメリカでは先住民を当時の大量破壊兵器を使用して虐殺し、大地は収奪され、石炭石油、ウラン鉱石が地球の内部から掘り出されていった。

この北海道も江戸時代からほぼ同じことが行われてきた。明治時代、日本は北海道の植民地化が成功したのをいいことに、よせばいいのに朝鮮半島、中国大陸、東南アジアまで触手を伸ばし、結局はアメリカに追随した植民地政策はアメリカの大量破壊兵器によって、一般市民の多くの犠牲を払い、失敗に終わる。

先住民の側から歴史を見ると政治、経済、教育のシステムの間違いがよく分かる。

何年か前、知り合いから聞いたことだが、アイヌ民族の重鎮であった故萱野茂さんは「私たちは自然界が生んだ利子を使って生活してきた。日本人は元金に手をつけて生活している。こんな簡単な経済の仕組みがどうして頭のいい人たちには分からないのか」と語ったそうだ。

先進諸国にとって、これまでの繁栄の歴史のつけを払う厳しい時代に来たのだ。

野村義一さんとの面識は、以前インタビューで自宅に伺ったのが最初で最後だった。ウタリ協会をおやめになった年だったと記憶している。丁寧に応接間に案内してくれたのを思い出す。本当に温和な人柄が印象的だった。

ご冥福をお祈りします。

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