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2009年6月18日 (木)

臓器移植法の改正案が採決

この法案で臓器移植の年齢制限がなくなった。

悲喜交々の歴史的法案が国会を通過しそうだ。現在、移植を待つ子供を持つ両親とこれから臓器を提供するかもしれない家族の葛藤が始まった。この法案が意味するところは、当事者となった家族の判断に任せるという残酷な法案だとも言えるのではないか。

もしも自分が当事者になった場合と考えた。そのときに必要なことは何だろう。心のケアーを誰にお願いするのか。信仰を持つ者であれば、お坊さんであり、教会の主か、それとも友人かもしれない。神社の神主さんはちょっと難しいか。

法案通過でまず考えた。今の日本はどうもハードが優先社会であり、ソフトのケアーが後回しのような気がしてならない。技術優先から心優先の社会がこれからのあるべき社会の姿であることを国会議員の何人かが考えてくれたかな。

人間第一。「人ひとりの命は地球より重い」沖縄県石垣市の大浜長照市長が石碑に書いていることを思い出した。

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2009年6月16日 (火)

ドキュメンタリーと演出

ドキュメンタリーを作る過程で演出はどこまで許されるのだろうか?

写真家の土門拳は絶対非演出という言葉を残した。土門拳は被写体のありのままの姿を撮影するべきだと考えた。

ドキュメンタリーの場合はどうだろうか。

先の「ゆふいん文化記録映画祭」で上映した「波の記憶」では、主人公に演技をお願いしたことはなかった。ただし、場面を設定をしたことが何度かあった。例えば、シャコガイ貝をとりに海に潜るシーンがある。このときは会話のなかで知った事実=今でも時々は海に行って貝や魚を捕ることがある、という話を聞き、主人公の新城さんと一緒に海に行った。そのときのシーンは少年時代を回想する場面で使った。

こういったことが許されるかどうか今でも正直言って確信がもてないでいる。出来ればこういった撮影方法は避けるべきではないかと、考えている。ドキュメンタリストとして少々良心が痛むのだ。

ところがこの作品はドラマではなく、ドキュメンタリーなのだ。これだけは確信がもてる。この作品をドキュメンタリーではない、と言える人はおそらくいないだろう。

ドキュメンタリーを作っている者として、明らかに演技指導していると思われる作品に出くわすときがあり、「これはちょっとやりすぎだな」としらける時がある。その場面では緊張感が途切れてしまう。

以前、国際ドキュメンタリー映画祭で見たモンゴルの鷹匠にウランバートルで暮らす都会の青年が入門するドキュメンタリーは、明らかにカメラを2台用意しておき、「よーい、スタート」で撮っていた場面があった。ドキュメンタリー最近は明らかな演技を交えた作品は「ドキュドラマ」という。ドキュメンタリーとドラマの合成語である。テレビではよく見る。「走れポストマン」とかその前の番組「ウルルン滞在記」などがそのジャンルに入るのではないか。こういったドキュドラマは国際映画祭の募集ジャンルで時々見かけるようになった。これらは最初から作り手の意図がはっきりとしているから罪がない。それなりの見方をして泣いたり笑ったりすれば良いと思っている。

「ドキュメンタリーは嘘をつく」のなかで著者の森達也さんは、撮るという行為でフィクションとノンフィクションの明確な区分けは不可能だ、と書いている。ドキュメンタリーの傑作「ゆきゆきて、進軍」(原一男監督)で「---キャメラが至近距離で絶えず回っていることに少しずつ加速してゆく。そこに展開されるのは、事実の記録などではない。キャメラを媒体とする演出家と被写体との格闘であり、相思相愛であり、反発やジェラシーである。」とも書いている。

「波の記憶」の主人公新城さんと僕の関係がそうだった。あのドキュメンタリーは僕と新城さんとの交遊録といってもいい作品だった。撮影中に徐々に新城さんの話が熱を帯びてくるのが今も思い出せる。自分の技術を披露したいという思いと他人に見せたくないという新城さんの葛藤が渦巻いていたことも思い出す。

ポーランドの映画監督で「鉄の男」などを撮ったアンジェイ・ワイダの作品を見るとフィクションとかノンフィクションを論ずること自体が意味を成さなくなってくる。問題は作品が社会の問題解決にどう繋がっていくか。政府に検閲され映像が削除されながらもワイダ監督はあきらめずに映画を作り続けた。時代が映画監督を育てるときがある。特に社会派フィクション作品はドキュメンタリー以上に社会に与える影響が大きくなる。社会を変える力となる。リチャード・アッテンボロー監督の「遠い夜明け」も南アフリカの人種隔離政策を痛烈に批判した作品でいまでも時々見る。

時として映画は政治が利用してきた。ヒットラーはベルリンオリンピックをレニー・リーフェンシュタールに撮らせ、オリンピックを政治の道具とした。その流れは今も変わらない。オリンピックが近づくとオリンピックのコマーシャルやニュースにうんざりする。このような記録映画をプロパガンダ映画というが、元アメリカ副大統領制作の「不都合な真実」はその類に入る。観ていてうんざりした。

ドキュメンタリーはその演出をよく目を凝らして観ていなければ恐ろしいことになる。特にアメリカのドキュメンタリーは手法が巧みで騙される。戦争を伝えるニュースが特に気をつけなければならない。湾岸戦争時代の油にまみれた鳥だとか、9・11のときのアラブ人の女性が踊りながら笑っているシーンにうまく世論は吸い寄せられ、戦争も仕方がないか、みたいな雰囲気をかもし出す役目を果たしてきた。スーパーマーケットの買い物袋有料化ですっかりCO2削減しているものと思っていた日本人は騙された。日本のCO2排出量はむしろ増えていたのも最近わかった。市民が節約した油はアフガニスタン戦争の米軍艦補給に回っていたのだ。

世論形成に映像が利用されている時代に生きていることを忘れまい。

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2009年6月11日 (木)

月に「かぐや」が衝突しただと?

日本人は恥を月に捨てた。かぐやは月の粗大ごみだ。

月探査で月の資源が見つかってどうするつもりか知らんが、月をそのままにしといてくれ。

誰が片付ける? まったくあほらしい。 

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2009年6月 4日 (木)

ゆふいん文化・記録映画祭

5月29日から31日、大分県の由布市で開催された第12回「ゆふいん文化・記録映画祭」に招待され出かけてきた。

昨年から設けられたや故松川八洲雄監督の名を冠した第2回松川賞入賞作品5作品「波の記憶」、「団旗の下に」、「面打」、「住民票を返せ!」、「盆のはなし」が30日に上映された。

「波の記憶-舟大工、新城康弘の物語」は残念ながら大賞を逃した。編集の前提である構成に問題があったと選考委員の一人に指摘された。またナレーションが多くを語りすぎたという批評もいただいた。これは僕自身も感じていたことなので、あらためて今後の参考としたい。

選考委員の吉岡忍(ノンフィクション作家)、森達也(ドキュメンタリー作家)、森まゆみ(作家)、池内了(宇宙物理学者)、まつかわゆま(シネマアナリスト)、日向寺太郎(映画監督)、内海穂高(映画プロデューサー)、野村正昭(映画評論家)、清水浩之(映画祭コーディネーター)ほかという方々に僕の作品を観ていただいき、直接お話を伺えたことが今回最大の収穫だった。

5作品の中から大賞が選ばれるということだったが、今年は大賞なしで「団旗の下に」が準大賞に選ばれた。

この作品は東京の明治大学付属中学校の応援団を追った自主制作作品で、応援団のもつ時代錯誤的な日本文化の一面を見事に映像化したものだった。これが大賞に選ばれなかった理由としては、全体として応援団に対して好意的なつくりであったが、最後の大学応援団員の暴力事件の記事が唐突で作品全体の持つ構成や作り手の意思が不明瞭だったと感じた。監督自身の応援団に対する思いをインタビューなどでもっと自己表現してもらいたいという思いがあった。この作品の監督は大学を卒業したばかりの青年だった。小型カメラで撮影された作品で現在の日本のドキュメンタリーのひとつの方向性が示されていたのではないかと思っている。

もうひとつ金 稔万(キム インマン)監督の「住民票を返せ!」は臨場感あふれる作品だった。大阪の釜ヶ埼が舞台の住民登録を抹消された住民闘争の記録で、人々のパワーがみなぎっていた。大阪市職員の無表情と住民の人間味あふれる姿をカメラが捕らえていた。これも自主制作作品。

上映会のあとの毎晩の懇親会が楽しかった。参加者どうしの交流の場を設けた映画祭の企画運営がよかった。地元の皆さんがこういった制作者と選考委員との対話できる場面を設定くれるのがこの映画祭の特徴で、毎年でも参加したい気持ちにさせてくれた。

「面打」は能面の製作過程をナレーションなしで木を削る音だけが効果音という作品。「波の記憶」の舟つくりも木を削る場面があったので、もっと丁寧に舟つくりを見せるべきだったと感じさせた秀作だった。

「にっぽんの記憶 第二話 盆のはなし」は柳田國男の随筆を下に岩手県の漁村でおこなわれるお盆を静かに描いた作品で、日本の先祖供養といういまでは失われつつある風景が詩的に表現されていた。平田順子監督(テレコムスタッフ)作品。プロダクション制作の作品で、プロ集団が作る作品に勝る作品に仕上げる為には自主制作作品に何が必要かを考えさせてくれた作品でもあった。

ドキュメンタリー作家が試されるのは作り手独自の視点であり、社会批判、臨場感であり、カメラワークであり、最後は人間力なのかな。また「審査員が試される作品選考だった」と審査員の皆さんが語った言葉が印象深く残っている

この映画祭のテーマは「ゆうゆうたる持続」である。ほんとうの豊かさ、文化を感じさせる映画祭であった。

上映作品は全部で14本。水俣病問題を撮り続けた土本典昭監督のわが街わが青春-石川さゆり水俣熱唱-」と「ドキュメント路上」、松川八洲雄監督の「飛鳥を造る」と「諸橋轍次と大漢和辞典」、坂田雅子監督のベトナム戦争枯葉剤をテーマにした「花はどこへいった」、羽田澄子監督の「嗚呼 満蒙開拓団」や日本文化の型染めと木工芸の記録映画が上映された。

とここまで書いてふと日本のドキュメンタリーについて考え、ある疑問が浮かんできた。続きは後日に。

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