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2009年6月16日 (火)

ドキュメンタリーと演出

ドキュメンタリーを作る過程で演出はどこまで許されるのだろうか?

写真家の土門拳は絶対非演出という言葉を残した。土門拳は被写体のありのままの姿を撮影するべきだと考えた。

ドキュメンタリーの場合はどうだろうか。

先の「ゆふいん文化記録映画祭」で上映した「波の記憶」では、主人公に演技をお願いしたことはなかった。ただし、場面を設定をしたことが何度かあった。例えば、シャコガイ貝をとりに海に潜るシーンがある。このときは会話のなかで知った事実=今でも時々は海に行って貝や魚を捕ることがある、という話を聞き、主人公の新城さんと一緒に海に行った。そのときのシーンは少年時代を回想する場面で使った。

こういったことが許されるかどうか今でも正直言って確信がもてないでいる。出来ればこういった撮影方法は避けるべきではないかと、考えている。ドキュメンタリストとして少々良心が痛むのだ。

ところがこの作品はドラマではなく、ドキュメンタリーなのだ。これだけは確信がもてる。この作品をドキュメンタリーではない、と言える人はおそらくいないだろう。

ドキュメンタリーを作っている者として、明らかに演技指導していると思われる作品に出くわすときがあり、「これはちょっとやりすぎだな」としらける時がある。その場面では緊張感が途切れてしまう。

以前、国際ドキュメンタリー映画祭で見たモンゴルの鷹匠にウランバートルで暮らす都会の青年が入門するドキュメンタリーは、明らかにカメラを2台用意しておき、「よーい、スタート」で撮っていた場面があった。ドキュメンタリー最近は明らかな演技を交えた作品は「ドキュドラマ」という。ドキュメンタリーとドラマの合成語である。テレビではよく見る。「走れポストマン」とかその前の番組「ウルルン滞在記」などがそのジャンルに入るのではないか。こういったドキュドラマは国際映画祭の募集ジャンルで時々見かけるようになった。これらは最初から作り手の意図がはっきりとしているから罪がない。それなりの見方をして泣いたり笑ったりすれば良いと思っている。

「ドキュメンタリーは嘘をつく」のなかで著者の森達也さんは、撮るという行為でフィクションとノンフィクションの明確な区分けは不可能だ、と書いている。ドキュメンタリーの傑作「ゆきゆきて、進軍」(原一男監督)で「---キャメラが至近距離で絶えず回っていることに少しずつ加速してゆく。そこに展開されるのは、事実の記録などではない。キャメラを媒体とする演出家と被写体との格闘であり、相思相愛であり、反発やジェラシーである。」とも書いている。

「波の記憶」の主人公新城さんと僕の関係がそうだった。あのドキュメンタリーは僕と新城さんとの交遊録といってもいい作品だった。撮影中に徐々に新城さんの話が熱を帯びてくるのが今も思い出せる。自分の技術を披露したいという思いと他人に見せたくないという新城さんの葛藤が渦巻いていたことも思い出す。

ポーランドの映画監督で「鉄の男」などを撮ったアンジェイ・ワイダの作品を見るとフィクションとかノンフィクションを論ずること自体が意味を成さなくなってくる。問題は作品が社会の問題解決にどう繋がっていくか。政府に検閲され映像が削除されながらもワイダ監督はあきらめずに映画を作り続けた。時代が映画監督を育てるときがある。特に社会派フィクション作品はドキュメンタリー以上に社会に与える影響が大きくなる。社会を変える力となる。リチャード・アッテンボロー監督の「遠い夜明け」も南アフリカの人種隔離政策を痛烈に批判した作品でいまでも時々見る。

時として映画は政治が利用してきた。ヒットラーはベルリンオリンピックをレニー・リーフェンシュタールに撮らせ、オリンピックを政治の道具とした。その流れは今も変わらない。オリンピックが近づくとオリンピックのコマーシャルやニュースにうんざりする。このような記録映画をプロパガンダ映画というが、元アメリカ副大統領制作の「不都合な真実」はその類に入る。観ていてうんざりした。

ドキュメンタリーはその演出をよく目を凝らして観ていなければ恐ろしいことになる。特にアメリカのドキュメンタリーは手法が巧みで騙される。戦争を伝えるニュースが特に気をつけなければならない。湾岸戦争時代の油にまみれた鳥だとか、9・11のときのアラブ人の女性が踊りながら笑っているシーンにうまく世論は吸い寄せられ、戦争も仕方がないか、みたいな雰囲気をかもし出す役目を果たしてきた。スーパーマーケットの買い物袋有料化ですっかりCO2削減しているものと思っていた日本人は騙された。日本のCO2排出量はむしろ増えていたのも最近わかった。市民が節約した油はアフガニスタン戦争の米軍艦補給に回っていたのだ。

世論形成に映像が利用されている時代に生きていることを忘れまい。

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