« 普天間5月決着の意味ますます不明 | トップページ | ハイダグワイ旅行記 その二 »

2010年6月29日 (火)

ハイダグワイ旅行記 その一

カナダのハイダグワイ(クウィーンシャーロット諸島)に行ってきた。

昨年、知り合いの写真家の撮影した森の中で朽ち果てていくトーテムポールを観たのがきっかけでだった。、滞在期間は6月3日から6月21日。

今回は取材としては初めて連れ合いとの二人旅となった。

新千歳空港から白老町の友人に電話でこれからハイダグワイに行くと電話するとそこのチーフが知り合いだという。チーフとは北米先住民の部族長で代々世襲されてきた制度である。飛行機に乗る直前だったのでカナダに着いたら連絡先を教えてもらうことになり、幸先のいい旅立ちとなった。

成田空港でバンクーバー行きのJAL機に乗り込むと、隣席にインド人の女性がすでに座っていた。ビデオカメラを見て「テレビレポーターか?」と訊いてきたので、事情を話すと英語の話せる人間を待ってましたとばかりに、機関銃のように日本人はどうのこうの、最近の日本の政治はどうのこうの、自分は民主党の小沢一郎のファンだとかまくしたてられた。岐阜で英語の教師をやっていて、娘の住むバンクーバーに行くのだそうだ。実はこのひと閉所恐怖症で飛行機のトイレのドアを閉めて用を足せないらしい。飛行中に何回も女房がトイレまでついていってやっていた。おかげで退屈しなかったが、寝不足のままバンクーバーに到着したのが同日の昼ごろだった。

|

« 普天間5月決着の意味ますます不明 | トップページ | ハイダグワイ旅行記 その二 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ハイダグワイ旅行記 その一:

« 普天間5月決着の意味ますます不明 | トップページ | ハイダグワイ旅行記 その二 »