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2012年10月22日 (月)

暴行犯アメリカ兵と同等の森本防衛相

森本防衛大臣はまるでアメリカ海兵隊の広報官だ。

情けない、もうこの国の政治能力はゼロである。

沖縄の有力紙琉球新報が下記のように伝えている。

12年10月21日
 【東京】米海軍兵による集団女性暴行致傷事件を受け、県内では事件の悪質性に反発が高まっている。だが、政府の認識や危機感を疑う大臣らの発言が相次いでいる。
 
事件発生翌日の17日、防衛省ロビーで記者団に初めて事件の受け止めを聞かれた森本敏防衛相は「非常に深刻で重大な『事故』だ」と発言。「事件」を「事故」と表現した。
 
さらに同日、「もはや正気の沙汰ではない」と強く非難する仲井真弘多知事に対し、森本氏は「米兵でも真面目に仕事をしている人も多い」「たまたま外から出張してきた米兵が起こす」と、言い訳とも取れる言葉を並べた。
 
ルース駐日米大使に事件の再発防止を申し入れた会談後のぶら下がり会見でも、森本氏は「米国と緊密に連携して『事故』の根絶をする」と取り組みをアピールしたが、ここでも「事故」と表現。この会見では4度にわたり「事故」と口にした。
 
一方、海外出張中の玄葉光一郎外相に代わり、事件の対応に当たった吉良州司外務副大臣も18日の定例記者会見で、「今回の『事故』はあってはならない」と発言した。
 
県内では、米兵による事件・事故が繰り返されてきた。特に女性暴行事件は復帰後127件に上る。だが野田政権の大臣、副大臣が今回の事件を何度も「事故」と口にする姿勢からは、政府が「たまたま」(森本氏)起きた偶発事として捉えたい本心だけでなく、国民にもそうした印象を植え付けようとする思惑も透けて見える。

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2012年10月18日 (木)

追悼 若松孝二監督

太平洋戦争末期、四肢を亡くした兵士とその妻の物語りを描いた「キャタピラー」は戦後日本映画のベスト3に入る名作だと思う。戦車のキャタピラーはイモムシの意味だったのか、と映画を見たときに初めて知った。そしてこの手足をもがれた兵士をイモムシに喩えたのだ。

若松監督の作品は「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」と「キャタピラー」しか見ていない。見る機会がなかったし、いわゆる一般劇場では見ることのできない反戦映画を作り続けてきた。

「裸の影/恐るべき遺産」(’64)では原爆症の少女の自殺という非常に重いテーマを描いている。「日本暴行暗黒史 異常者の血」(’67)に続く「暴虐魔」「復讐魔」では軍国主義を徹底批判している。

若松作品のタイトルだけあげても日本の大手映画産業からはじき出された作品ばかりだ。「性輪廻/死にたい女」「性家族」「儀式」「テロルの季節」「餌食」「拷問百年史」など性と戦争と政治という凄まじいテーマの映画作りを生涯の仕事とした監督だった。

AKB47が踊り歌う今の日本に戦後脈々と続く我々の社会を「キャタピラー」は見事に描いている。「キャタピラー」は戦後日本の遠い過去の映画ではない。今でも時々顔を出す悪魔が住む社会を我々は忘れてはならない。

戦争は明日にでも始まる。

大量破壊兵器の原爆を落とし、都市のほとんどを無差別爆撃したアメリカを日本人は好きである。戦後アメリカのホームドラマをこれでもかというほど見せられ、音楽で洗脳され。いまやアメリカを愛してさえいる日本人が多いのだ。アメリカが原発を続けろ、と言えば日本政府は原発をやめることができない。

日本人を洗脳するのはチョロイ、とアメリカ人にいわれても反論できない。

戦時中と現代日本人の精神構造がほとんど変わっていないことに気がついている日本人はどれだけいるだろうか。

我々は「キャタピラー」の時代と隣り合わせの狂気の次元にいる。石原慎太郎東京都知事の一言から始まった最近の中国、韓国との国境紛争一歩手前の状況を、我々は忘れてはならない、と思う。

アメリカは戦争でまた一儲けを企んでいる気がしてならない。

そのアメリカに洗脳された官僚、政治家が日本を戦争へと導いている。

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2012年10月 6日 (土)

平取ダムは税金の無駄使い

最近の政治を見ているとこの国は税金を払うだけの価値はない、と思うことが多い。

原子力政策や最近のオスプレイの沖縄配備など数えればきりがない。こんな国では若い人たちが可愛そうだ。希望を持て、とうのは無理である。人間、希望がないと生きていけない。汗水ながして働いた金は嫌でも国に納税されるのだから、たまったものではない。

これで老後の心配がないのなら、まだ我慢するが、今のままでは安心できない人のほうが圧倒的に多いのではないか。

鳩山民主党時代に、コンクリートから人へ、というスローガンのもとで建設が凍結されていたにもかかわらず、野田民主党(自民党野田派ともいう)は次々とダム建設にゴーサインを出している。

そんななかで北海道開発局建設部が事業主体の平取ダム建設計画が再び動きだした。

平取ダムのホームページを開くと次のような説明がされている。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

沙流川総合開発事業は、沙流川に二風谷ダム、支川の額平川に
平取ダムの2つの多目的ダムを建設する事業で、
「洪水調節」「流水の正常な機能の維持」
「水道用水の供給」「発電」を目的としています。
昭和57年度に沙流川総合開発事業として建設に着手し、
昭和61年9月に二風谷ダム本体工事に着手、
平成8年6月に試験湛水を完了、
平成10年4月に二風谷ダムは管理に移行しました。
平取ダムは、現在、調査や付替道路工事等を行っております。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


このホームページには事業主体者の北海道開発局の名前は出していない。隠している。悪いことをしているという自覚が開発局にあるからだ。

上記の説明のキーワードは「沙流川総合開発事業」と「二風谷ダム」「多目的ダム」である。

沙流川総合開発事業は、昭和の高度経済成長時代に苫小牧市とその周辺地域で計画された苫小牧東部開発計画とセットになって計画された化石のようなダム建設計画である。

幻と消えた重工業地帯に水を送るためのダムだったのだ。

苫小牧東部開発計画は今どうなっているかというと広大な空き地がひろがっていて、一部に工場が建ったもののほとんどは森林地帯で鹿の大生息地となっている。

最近ではソフトバンクがその広大な敷地に目をつけ、メガソーラーを建設することになった。

第2のキーワード「二風谷ダム」

沙流川の側、二風谷に自宅がある故萱野茂さん(アイヌで最初の国会議員)が建設反対闘争を闘ったことで有名になったダムだ。

裁判闘争中に僕はご自宅にお邪魔したことがある。

当時は地元新聞社に勤めていて、全国の新聞社でつくる日本新聞労働組合が苫小牧で全国大会を開くことになって、沖縄から北海道までの新聞記者数十人をつれて二風谷ダム建設現場を視察、取材した。

ちょうどそのとき、建設省の担当課長が東京から視察に来るというので、現場で待ち構えて質問を始めたところ、その課長は顔を紅潮させ身体は硬直、あわてて逃げ帰ったのであった。

今思えば、萱野さんが仕組んだ罠に建設省の課長はまんまと引っかかったのだ。

そのとき、奥さんの作ったカレーライスをみんなでご馳走になったのを今でもはっきりと思い出す。

もう20年も前の話である。いまも健在である奥さんが先日の公述人としてダムj建設について「できればやめていただきたい」と静かに語っていた。

結論を言えば、二風谷ダムと平取ダムには致命的な欠陥があるのだ。

それは「目的がない」ダムである、ということなのだ。

第3のキーワード「多目的ダム」というのは「無目的ダム」の裏返しである。

税金をダムに捨てるためのダムで、開発局の役人たちの延命作業としてのダムなのだ。

この国を象徴するダム建設を国は本当に認めるのだろうか?

このごろ口癖になったが、「若者よ、この国を捨てよ」「このままでは役人と政治家にこき使われる奴隷で一生を終えることになるぞ」 

元気なうちに海外に移住したほうがいい。


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