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2012年10月 6日 (土)

平取ダムは税金の無駄使い

最近の政治を見ているとこの国は税金を払うだけの価値はない、と思うことが多い。

原子力政策や最近のオスプレイの沖縄配備など数えればきりがない。こんな国では若い人たちが可愛そうだ。希望を持て、とうのは無理である。人間、希望がないと生きていけない。汗水ながして働いた金は嫌でも国に納税されるのだから、たまったものではない。

これで老後の心配がないのなら、まだ我慢するが、今のままでは安心できない人のほうが圧倒的に多いのではないか。

鳩山民主党時代に、コンクリートから人へ、というスローガンのもとで建設が凍結されていたにもかかわらず、野田民主党(自民党野田派ともいう)は次々とダム建設にゴーサインを出している。

そんななかで北海道開発局建設部が事業主体の平取ダム建設計画が再び動きだした。

平取ダムのホームページを開くと次のような説明がされている。

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沙流川総合開発事業は、沙流川に二風谷ダム、支川の額平川に
平取ダムの2つの多目的ダムを建設する事業で、
「洪水調節」「流水の正常な機能の維持」
「水道用水の供給」「発電」を目的としています。
昭和57年度に沙流川総合開発事業として建設に着手し、
昭和61年9月に二風谷ダム本体工事に着手、
平成8年6月に試験湛水を完了、
平成10年4月に二風谷ダムは管理に移行しました。
平取ダムは、現在、調査や付替道路工事等を行っております。

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このホームページには事業主体者の北海道開発局の名前は出していない。隠している。悪いことをしているという自覚が開発局にあるからだ。

上記の説明のキーワードは「沙流川総合開発事業」と「二風谷ダム」「多目的ダム」である。

沙流川総合開発事業は、昭和の高度経済成長時代に苫小牧市とその周辺地域で計画された苫小牧東部開発計画とセットになって計画された化石のようなダム建設計画である。

幻と消えた重工業地帯に水を送るためのダムだったのだ。

苫小牧東部開発計画は今どうなっているかというと広大な空き地がひろがっていて、一部に工場が建ったもののほとんどは森林地帯で鹿の大生息地となっている。

最近ではソフトバンクがその広大な敷地に目をつけ、メガソーラーを建設することになった。

第2のキーワード「二風谷ダム」

沙流川の側、二風谷に自宅がある故萱野茂さん(アイヌで最初の国会議員)が建設反対闘争を闘ったことで有名になったダムだ。

裁判闘争中に僕はご自宅にお邪魔したことがある。

当時は地元新聞社に勤めていて、全国の新聞社でつくる日本新聞労働組合が苫小牧で全国大会を開くことになって、沖縄から北海道までの新聞記者数十人をつれて二風谷ダム建設現場を視察、取材した。

ちょうどそのとき、建設省の担当課長が東京から視察に来るというので、現場で待ち構えて質問を始めたところ、その課長は顔を紅潮させ身体は硬直、あわてて逃げ帰ったのであった。

今思えば、萱野さんが仕組んだ罠に建設省の課長はまんまと引っかかったのだ。

そのとき、奥さんの作ったカレーライスをみんなでご馳走になったのを今でもはっきりと思い出す。

もう20年も前の話である。いまも健在である奥さんが先日の公述人としてダムj建設について「できればやめていただきたい」と静かに語っていた。

結論を言えば、二風谷ダムと平取ダムには致命的な欠陥があるのだ。

それは「目的がない」ダムである、ということなのだ。

第3のキーワード「多目的ダム」というのは「無目的ダム」の裏返しである。

税金をダムに捨てるためのダムで、開発局の役人たちの延命作業としてのダムなのだ。

この国を象徴するダム建設を国は本当に認めるのだろうか?

このごろ口癖になったが、「若者よ、この国を捨てよ」「このままでは役人と政治家にこき使われる奴隷で一生を終えることになるぞ」 

元気なうちに海外に移住したほうがいい。


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