2007年2月22日 (木)

事件簿-置き去りにされた母子

苫小牧市内で発生した事件はなんともやりきれない。

21歳の若い母親が幼い子どもをアパートの一室に置いたまま長期間留守にした。結果は報道されているように、、母親は付き合っている男性宅の物置にダンボールにいれた遺体を放置した。幼児はミイラ化した状態で放置されていた。児童相談所は母親の言動を不審に思い、警察に通報したことからこの事件は発覚した。

この事件、大方の意見は母親の育児放棄事件としてみなされている。一部では死体遺棄のほか傷害致死事件に発展するのでは、との見方もある。

育児放棄した原因は何なのか。なぜ、若い母親は我が子を死に追いやってしまったのか。この母親は3人の子供を生み、すでに次男は死亡、長男は児童相談所に保護されている。

鬼畜のごとき母親であることは間違いない。その鬼畜を育てたのは誰であろう我々ではないのだろうか。この社会がこの母親を鬼のごとく育ててしまったのでは、という疑問が頭から離れない。閉鎖社会が起した典型的な事件である。私たち日本人は戦後、経済成長を社会の目標に掲げ、大量生産、大量廃棄を何の疑問を持たず邁進してきた。使い捨てライター、使い捨てカメラ、使い捨てがはやったことはそんなに遠い過去ではない。

自分の息子を見ていても、この子に子供を育てられると思うかと問われたら、正直自信が無い。

まさか自分の子どもを使い捨てにする母親が自分の住む町で育ってきたかと思うと、やはりやりきれない。我が息子とは一歳違いのこの母親を育てた我々の責任は大きい。

すでに手遅れなのかそれともまだ間に合うのか。高度経済成長時代をわき目も振らず働いてきたお父さんたちにも退職後、もう一度社会の原点を見つめなおして欲しい。

社会は母親を置き去りにし、その母親は我が子を置き去りにした。

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